運命の出会いは、いつもそこに:Higashikawa Makers #07 創彩工房
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運命の出会いは、いつもそこに:Higashikawa Makers #07 創彩工房


Higashikawa Makers:
写真の町・北海道東川町で、思いを形にする方々のストーリーを発信する記事シリーズ。こちらで紹介する家具や食べ物、雑貨たちは、ひがしかわ株主制度(ふるさと納税)特設サイトに掲載をしております。


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「ようこそいらっしゃいましたね。」

にこやかに迎え入れてくれたのは、創彩工房工場長の矢野真寿夫さん。
顔のあるオリジナル椅子「ふぇいす」のラインナップ「おーちゃん・いーちゃん・えーちゃん」の可愛さに心惹かれて以来、ずっとお話ししてみたいと思っていた工房さんです。

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1.   厳しくて暖かい、矢野さんのこれまで

1999年創業、日本各地で仕事をしたのちに、2018年に現在の場所にやってきた創彩工房。2015年には東京・千駄木にアンテナショップ「Lim:Stuff」をオープンしています。

現在62歳、東川生まれ東川育ちの矢野さんは、もともと町内にある大雪木工で約20年間働いていました。そこで出会った当時の社長(現会長)の長谷川将八郎さんは、厳しくて温かい方。そして、従業員に夢を与えてくれる存在でした。社員旅行は、創立5周年で香港へ、10周年でアメリカへ行ったそうです。

「社長がそうだったけど、頑張っている姿や楽しんでいる姿って、周りにも波及するんですよ。その逆も然り。気持ちは、その場全体に広がる。だから、わくわくすることをして、自分が元気でいることが1番。」


インドネシア支社を任されることになり、日本を離れて約1年間現地で仕事をしていました。ちなみに、当時インドネシアから東川に届く家具を保管していた倉庫が、いまプレステージジャパン(家具ブランド TIME & STYLE)という町内事業者の工房として使われています。なんだか巡っていますね。

海外赴任の準備として事前に通った英会話で習得した英語に加えて、現地で聞き続けてなんとなく意味がわかるようになったインドネシア語。今でも町内のスーパーでインドネシアからの留学生に会うと、知っているインドネシア語で話しかけているそうです。


帰国後もやりがいに溢れる毎日を送っていましたが、1990年代前半にバブルが崩壊し、その影響で大雪木工を離れることに。

次の仕事を探すことになった矢野さんは、今自分にできることをやろうと、自動車の大型免許を取得します。取得後は、トラックを運転し、スーパーの商品を仕分ける仕事を3年ほどしていました。昼も夜も働き、1日の平均睡眠時間はたったの3時間。明るくお話しされていたけれど、相当大変だったはず。

そんな時に、都内の注文家具会社の求人に出会い、応募。採用になり、六本木のミッドタウンや、車のショールームなど、全国を飛び回り、オーダーメイド家具の製作や部屋全体のリフォーム/コーディネートを1から学ぶことになります。ここでの約6年間の経験が、あらゆるオーダーに対応する創彩工房の礎となっています。

その後、会社を離れて1,2年ほど1人で日本を駆け回りながら家具作りをされていた矢野さん。ある日、旭川での仕事で、創彩工房の創業者である大久保 滋さんと出会います。かつて不動産会社の営業で、モデルハウスという概念を考案した凄腕。2人は仕事終わりにびっくりドンキーでご飯を食べて意気投合。矢野さんは大久保さんに誘われて創彩工房に加わり、一緒に仕事をするようになります。今から15年ほど前の、運命の出会いです。

初めて会った時、ジーパンにシャツ1枚でねじり鉢巻を巻いて、壁を塗ってたの。てっきり職人だと思っていたけど、名刺交換したら社長さんでびっくり!全国を渡り歩いているという共通点があって、一緒にやって行こうってなった。



それからしばらくはオーダーメイド専門で営業をしていましたが、お客様からの声で、今までに製作した家具を形を少し変えて販売してみたところ、好評を博しました。手応えを感じたお2人は、ショールームを作ることに。2015年、下町情緒溢れる千駄ヶ谷にお店「Lim:Stuff」をオープンします。注文が一気に来ても困るからと、チラシも配らずひっそり始めたお店。最初の2、3年は全く認知されなかったけれど、徐々に近所の方がおとずれるようになって、口コミが広がり、オーダーも受けるようになりました。ホームページの効果もあって、今では全国へと創彩工房の輪が広がっています。

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Lim:Stuffオープン当時は、家具製作できる場所を東川で探すもなかなか見つからず、町外で製作をしていました。風の便りで旭川の西神楽に空いているところがあると聞いて突撃訪問し、体育館ほどの広さの工房を貸してもらっていたそう。

その後、大雪木工時代からの知り合いだった事業者さん(やっぱりこの方も厳しくて温かい方)から工場を使って欲しいという声がかかり、2018年に現在の場所へと移転します。

道路を挟んで工房の目の前に広がる広大な畑は、前の工場の持ち主である突き板会社の社長の趣味。その面積、なんと1200坪。毎年野菜が山ほど採れるそうです。大きなビニールハウスもあって、緑色の葉がわさわさと茂っていました。

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2.   工房に人がふらっと

一度町を出て、また東川に帰ってきた矢野さん。 

やっぱり、東川が好きだから。
自分を育ててくれた町に、何か貢献したい。まだまだだけどね。

東川町は、全国トップレベルで地域おこし協力隊の数が多く、空港も近いため、人の出入りが常にある場所。風通しが良く、年齢もバックグラウンドも多様な人と知り合えるのが、ここにいることの良さだと言います。
そして、場所や人、家具、共同事業を通して、事業者同士のゆるやかなつながりが生まれているのもいいところ。旭川にいた時には誰も来なかったけれど、東川に移転した途端、工房に人がふらっと訪れるようになったそうです。確かに、矢野さんのお話の中に、町内の事業者さんがいくつも登場していたのが印象に残っています。


3.   出会うべくして出会っている

「人と人が出会うのは、偶然じゃないよ。みんな、出会うべくして出会っているんです。」

出会いから生まれる新たな可能性。それは、矢野さんの人生においても、創彩工房のものづくりにおいても大切なキーワードです。

個人宅の家具から企業の応接室、ゲストハウスの内装や、落語のめくり台まで。偶然巡り会ったお客様とのご縁から、幅広いジャンルのモノが創彩工房で生まれ続けています。工房にお邪魔したときには、犬がキッチンに入ってくるのを防ぐ柵を作成されているところでした。

「人々の生活を彩るモノをつくる」「凡人でも、知恵を出し合えば、限界を超えられる」。創彩工房や、Lim(極限):Stuff(凡人)という名前に込められたメッセージを、ものづくりを通してまさに体現しています。

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正直今は、コロナの影響で毎日、毎月が戦い。けれど今後、直接木に触れて、においを感じる、そんな体験を地域の子どもたちに届けることもやっていきたい。幼い頃に自然に触れて、外に広がる世界の価値を知っていたら、豊かで良い人生が送れるのではないかと、と矢野さんは言います。

80歳になっても元気に仕事していたい。
はつらつと笑う矢野さん、きっと20年後もかっこよくそして柔らかく、モノ作りをされていることでしょう。

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ひがしかわ株主特設サイトに掲載中の創彩工房さんの椅子

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創彩工房
住所: 北海道上川郡東川町北町8丁目9-22
電話: 0166-74-4672
公式HPはこちら

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編集者的すてきポイント

手作り感溢れるかわいい工房の看板と、矢野さんの「よく来たね」という言葉で気持ちが一気にゆるみました。まさに、ふぇいすのキャッチコピーでもある、”オシャレでオチャメ”な方でした。こんな歳の重ね方をしたいな。


取材・執筆 大内美優
写真    清水エリ





いつかこのまちに来てくださいね!
北海道最高峰の旭岳を有する人口約8300人の町、東川町。1985年に「写真の町」宣言、2014年には「写真文化首都」を宣言ました。写真文化の中心地として、「世界中の写真、人々、そして笑顔に溢れる町づくり」に取組んでいます。道唯一の、地下水を生活水として利用する町でもあります。