身一つで生きる、から始まった家具作り:Higashikawa Makers #09 むう工房
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身一つで生きる、から始まった家具作り:Higashikawa Makers #09 むう工房

Higashikawa Makers:
写真の町・北海道東川町で、思いを形にする方々のストーリーを発信する記事シリーズ。こちらで紹介する家具や食べ物、雑貨たちは、ひがしかわ株主制度(ふるさと納税)特設サイトに掲載をしております。

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空を見上げるくらいの高さまで実のなっているさくらんぼ。こんなに大きくなる木だったのか、と驚く。葉が茂る栗の木、さわさわと風に揺れるアスパラガス畑。上に左に右に視線を動かしながら少し歩くと、正面に現れる建物が2つ。緑あふれるこの場所で椅子をつくる、むう工房の向坊明(むかいぼう あきら)さんにお話を聞きました。

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1. 自然の中にポンと身を一つ

自然の中に身を一つ置いても生きていけるように。

約10年間、土木や建築開発のコンサルタント会社に勤めていた向坊さん。
ダムをつくる前に行う、建設による生態系や周囲環境への影響のシュミレーションに携わっていました。

森林伐採や土砂崩れの誘発。つくることで何が起こるのかを知っていくにつれ、人工物で囲まれた生活が嫌になっていきました。それに、管理業務ばかりで現場にいない自分に、「これって働いていると言えるのか??」という違和感を抱きます。

それと、向坊さんが生まれてから高校卒業まで過ごしたのは、透明な川が流れていて、蛍が飛び交う福岡県北九州市。そんな場所での暮らしを知っていたからこその、自然から遠ざかっていく自身の東京生活への「?」でした。

自分の手で自分の生活を作れるように、そう思った向坊さんは勢いで木工の道へ。

バブルがはじける前のこの時代、自分の腕で生活していきたいと思う人が多かったし、工芸の学校も全国各地にあった。もしダメだったらちょっとバイトしたらいいし、自然回帰もある程度あったんだろうね。

そうして1989年に入学した飛騨の工芸学校で、運命の出会いを果たします。


2. 長い付き合い、Pコードチェアー

向坊さんが初めて目にしたPコードチェアーは、工芸学校の先生がデパートで買ってきた一脚。それをコピーして作ったのが、記念すべき第一作です。

以来約30年の付き合いになるPコードは、ペーパーコードの略。紙を材料とした家具用の紐を編んで作る、北欧生まれの椅子です。

紙!?強度は大丈夫なの?
と思いきや、実は皮や布と同じくらい頑丈。通気性が良く、使えば使うほど体に馴染んでフィットします。

そんなPコードチェアーを1つ1つ手編みでつくる向坊さん。

背もたれをつけてみよう、編むときの力加減を変えてみよう。
探求を続けて続けて、今の形が出来上がりました。

より座りやすく、よりいい気持ちにしたいっていうのがあって。やり続けた結果こういうのになっちゃった(笑)。手間は手間なんだけどね。

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向坊さんの元には、過去にはその技法を教えて欲しいと工房を訪ねてきた人もいたそうです。旭川の職業訓練学校で、2、3年授業を持っていたことも。

これだけ時間と労力をかけて得た知識・技術。
「どうぞ、知りたいなら」と他者に共有できるのはすごいことです。


3. 山の中での暮らし

工芸学校を卒業後、旅行で訪れ気に入った北海道の旭川に家族で移住。畑をやったり、山菜を収穫したり。山の中での田舎暮らしの傍ら、お1人でコツコツとPコードチェアーの製作を続けてきました。

東川町に工房を構えたのは、1995年のこと。
まずは向坊さんだけ仕事場として通っていて、その後にお子さんの高校進学に伴い、駅から離れた旭川の家では何かと不便ということで住居も移しました。

実は、親戚がすでに九州から東川に移住をしていたので、東川の存在はすでに知っていました。工芸学校入学前、残りの有給休暇を使って北海道の東側(道東)を自転車で回っていたときに初めて訪れて、その時から立地や環境に惹かれていたそうなのです。

今も畑は工房の横で続けていて、以前住んでいた山から持ってきたタラノキや、ワラビ、実のなる木たちも植わっています。

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4. 作り続ける編み続ける

向坊さんがむう工房を開設した1992年当時は、Pコードチェアーは知る人ぞ知る存在。珍しいだけに、耐久性に懐疑的な声も少なくありませんでした。

銀座のデパートに卸して、実際に座ってもらう。
気に入って椅子を買ってくれた人が、何年かして張替えを依頼してくれる。
そうやって、少しずつ信用を得ていきました。

椅子づくりが本当に好きでここまで作り続けてこられたんだろうな、と思ったのは、君の椅子の製作秘話を聞いたとき。
(君の椅子って?という方はこちらをどうぞ)

過去に2回製作を担当している向坊さん。そのどちらも、ユニークなデザインと子供が安心して使える機能性を両立できるよう、何度も調整をして完成させたそうです。わたしの目ではぱっとわからない細やかなbefore→afterでした。

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2008年の「君の椅子」試作第1号です


時間も限られていたし大変だったよ、と淡々と話す向坊さん。
でもどこか、嬉しそう。

純粋にものづくりを楽しむ気持ちと、30年間にわたって自分の手でものを生み出してきたことへの確かな自信が、垣間見えたような気がしました。

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ひがしかわ株主特設サイトに掲載中のむう工房さんの椅子

Pコードスツール
座面の両端にある、木枠がとっても機能的。立ち上がるとき・持ち運ぶときにちょうどほしいところにあるんです。腰への負担も少ないですよ。
背網Pコードチェア
20年以上制作・販売している、むう工房の代表作品。背中をゆったりと支えてくれる、軽くて座り心地のいい椅子です。
1992年に開業、1997年に東川町に移転した家具工房。代表の向坊 (むかいぼう) 明(あきら)さんが「むうさん」と呼ばれていたことに加え、「無から有を生む」という意味を込めて「むう工房」と命名。ミズナラ、ウォールナットなどの無垢材に天然由来のオイルを施し、自然な木の素材感を大切にしながら、木の持つ美しさを十分に引き出すのが商品の特徴。「P・コードスツール」1999年グッドデザイン賞を受賞し、今も制作販売しているロングライフ商品。

住所: 北海道上川郡東川町東4号南1番地
公式ホームーページ


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編集者的すてきポイント

淡々とした語り口の端々に、椅子づくりへの愛を感じました。どんなに探求しても飽きない好きなもの、いつどこで出会うかは本当に予測できないものですね。

取材・執筆 大内美優
写真    清水エリ

いつかこのまちに来てくださいね!
北海道最高峰の旭岳を有する人口約8300人の町、東川町。1985年に「写真の町」宣言、2014年には「写真文化首都」を宣言ました。写真文化の中心地として、「世界中の写真、人々、そして笑顔に溢れる町づくり」に取組んでいます。道唯一の、地下水を生活水として利用する町でもあります。