のこぎりを鉛筆に持ち替える:Higashikawa Makers #03 木ライフプロダクト
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のこぎりを鉛筆に持ち替える:Higashikawa Makers #03 木ライフプロダクト

Higashikawa Makers:
写真の町・北海道東川町で、思いを形にする方々のストーリーを発信する記事シリーズ。こちらで紹介する家具や食べ物、雑貨たちは、ひがしかわ株主制度(ふるさと納税)特設サイトに掲載をしております。

学び・教えることで見えてきたデザインの本質

木ライフプロダクトの出村貴昭さんは、木工作家としては稀有な経歴を持つ方です。「木工作家」、「プロダクトデザイナー」、そしてその2つに加えて、「教育者」としての顔も持ち合わせています。

独立して工房を構える以前、20年以上、旭川高等技術専門学院に勤務し、指導員として旭川家具の後進を育てる現場にいた出村さん。様々な経験を積んだ、この人にしか作ることができない商品。木ライフプロダクトの商品には、そんなユニークさを感じます。

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東京芸大を目指していた

出身は北海道・岩見沢市。小学生の頃から絵が得意だったそう。

“自分の描いたクロッキーを小学校の教頭先生が褒めてくれた。それで調子に乗ったんですね(笑)。高校生の時、美術の先生がグラフィックデザインの仕事をしていた人で、影響を受けました。自分の描いた絵より「出村のデッサンのほうがよく描けている」と言って、見本として黒板に貼ってくれたのを覚えています。嬉しかったですね。”

高校を卒業後、東京芸大を受験するため、東京の予備校に通い始めます。約280人いる予備校の中で成績は上位だったものの、2度の受験はいずれも不合格。

“絵の評価には個人の好き嫌いがどうしても出てしまう。受験も同じであると気づいた時、芸大への情熱が無くなってしまいました。それで、立体が得意だったということもあり、プロダクトデザインを学ぶために北海道東海大学に入学しました。”

大学では、その後の人生の指針となる教えを受けることになります。

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旭川とデザイン

出村さんが入学した北海道東海大学は、1977年に開校した私立大学で、芸術工学部が設置されていました。旭川家具をはじめ、この地域のデザインが発展したのは同校に因るところが大きく、重要な役割を担っていましたが、2015年に惜しまれながら廃校となりました。

当時、出村さんが直接指導を受けたのが、工業デザイナーの澁谷邦男氏。
日産自動車で初代ローレル(1968年誕生!)のデザインを担当したという人物で、教育者としても、旭川におけるデザインの発展に大いに貢献したお方。現在も自身が主宰する北のデザイン研究所で、工業デザインを中心に、日本の様々な地域のデザイン史を研究されています。

"渋谷先生には、私が結婚するときに仲人をしていただいたぐらい、昔から公私ともお世話になっています。今はご自身の研究の傍ら、旭川にものづくり大学を設立するための運動をされています。昨年、旭川市がユネスコデザイン都市に認定されましたが、認定が目的ではないので、更に発展させていかなければなりません。"

産業の長期的な発展を考えるときに、欠くことができない教育機関。
北海道東海大学が廃校になった後は、この跡地を利用したものづくり大学の構想が、有志の市民たちによって進められています。

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24時間、デザインのことだけを考えろ

大学卒業後は日本ビクターに入社。入社後は即戦力として、すぐに新商品の担当に抜擢され、以降いくつものオーディオ機器のデザインを手がけました。現在の工房でラジオを響かせているのも、出村さんがデザインを担当したラジカセなんです。

"東海大学は、多摩美術大学や千葉大学と並んで、プロダクトデザインの人材を輩出していたので、会社には大学の先輩が何人もいました。入社して先輩から言われたのが、「24時間デザインのことだけを考えろ」ということです。そんなの無理だと思っていたのですが、3ヶ月ぐらい経つと本当にデザインの夢を見るようになった。あの頃はよく働いていましたね。"

木ライフプロダクトの商品ラインナップの中に、スマートホン用のスピーカーがあります。ギターやヴァイオリンなどの弦楽器の構造からヒントを得て商品化したという電源不要のスピーカーで、充電ケーブルをつなげば充電用スタンドにもなるという優れもの。ふるさと納税でも人気の商品です。

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         スマートホンミュージックスピーカー

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木工工房から教育の現場へ

ビクターを退社後は一転、北海道に戻り家具職人として、東神楽の匠工芸に入社し、技術を磨きました。
ここで気づいたのは、デザインを理解する職人というのは思いのほか少ないこと。多くは技術に注力せざるを得ませんでした。旭川高等技術専門学院から指導員の打診があったのも、出村さんがデザインと木工技術の両方を教えることができたからなのです。

デザイナーとエンジニアが分かれているのは日本ぐらい、とのこと。分業による作業の細分化は生産の効率性を上げるが、その分失われるものも大きいのです。一人の人間が様々な視点からモノを見ることで、本当の姿が見えるということもあります。ノコギリを絵筆に持ち替えることも、必要なことでした。

常に理想の教育プログラムを提供できたわけではありませんが、様々な教育施設を視察したり、勉強を重ねることで、高等技術専門学校という公の教育機関でできることを積み重ねました。

"バウハウスの関連資料も随分読みました。ヨハネス・イッテンの講義は書籍にもなって読むことができますが、おもしろいですよ。"

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横のつながりの強い地域性

指導員として20年勤めた旭川高等技術専門学院を退職し、2016年に独立してこの工房を開設。取材で伺った工房の奥には、主力製品のペーパーコードスツールが高く積まれていました。

ペーパーコードスツール (3)

                      ペーパーコードスツール

工房は木と暮らしの工房の敷地内にあります。指導員時代、学生の就職先としてお世話になったという縁で、工房を構える際、土地を借りることになりました。ちなみにペーパーコードの技術は、同じく町内にあるむう工房の向坊氏から学んだといいます。

ペーパーコードスツール (1)

"この地域は横のつながりが強く、協力して1つの商品を製造したり、技術を受け継いでいくということもあります。地域のつながりでいうと、もう一つ、小さいアイテムですが、道の駅(道草館)で買った小豆を入れた木のおもちゃを作りました。こういった地元の素材を使って何か作れるものはないかというアイデアは常に考えています。木ライフプロダクトはまだ初めたばかりで商品数も少ない。まだまだこれからです。"

小豆を使った小さな楽器。振ると懐かしいような、サラサラとした上品な音がします。角は丁寧に面取りがされていて、手触りもいい。愛着を持って使い続けられそうな、出村さんらしい道具だと感じました。

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note編集者的すてきポイント

旭川のデザインの歴史に触れるきっかけにもなった今回の記事。今年も旭川デザインウィーク2021が6月に開催されますので、気になる方はぜひこちらをチェックしてみてください!
そして、わたしの中での二大ペーパーコードチェアー職人さんのむう工房さんと木ライフプロダクトさんにつながりがあったとは!という驚きもありました。


17.木ライフプロダクト

木ライフプロダクト
道産材と加工機械の入手、生産活動がしやすい環境を求め、2004年に東川町にて創業。木製で生活道具として長く使える、使い手と共に年齢を重ねられる家具づくりをしている。代表の出村貴昭さんが得意とするのは「ペーパーコード編み」で、根強いファンも多い。また、木製の小物や文具も取り扱い、最近では自宅での生活や仕事をする時間が長くなってきた生活スタイルに合わせ、「REMOTE サポートツールズ」を製作・販売中。

住所: 北海道上川郡東川町西11号北29番地
電話: 090-2813-5715
公式HP:https://www.moevenpick-weinland.com/


取材・構成・執筆:初瀬川 晃
note編集:大内 美優(地域おこし協力隊)


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北海道最高峰の旭岳を有する人口約8300人の町、東川町。1985年に「写真の町」宣言、2014年には「写真文化首都」を宣言ました。写真文化の中心地として、「世界中の写真、人々、そして笑顔に溢れる町づくり」に取組んでいます。道唯一の、地下水を生活水として利用する町でもあります。