見出し画像

「東川」という名前と、アイヌ由来の地名について

東川町についてのいろんな書きたいことがあるのですが、はじめのほうは、東川を語るうえで前提となることについて、ぽつぽつと書いていきたいと思っています。

そのなかで、noteのお題に「#名前の由来」というテーマがあったので、これをきっかけに今日は「東川の名前の由来って何?」ということを、文献を探りつつ書いてみたいと思います。

東川町の名前の由来

「東川」という地名自体は、文字の見た目の通り、それほど難しい由来ではありません。「なにがしかの川の東…?」と、まあ想像がつきます。単刀直入に言うと、

東川=東旭川=旭川の東に位置するまち

です。

隣町、旭川の東に位置するこの場所は、いろんな変遷を経ていますが、もともとは「東旭川」という自治体の一部でした。東旭川村から分離し、東川村、そして東川町になった、という経緯があります。

ご存じの方もおおいと思いますが、北海道は先住民であるアイヌの地を、明治以降に本州から入植した人々が開拓した歴史があります。東川も多分に漏れず、明治28年(1895年)に、富山、香川、愛知、徳島などから、入植者がはいってきたのがはじまり。町内には「富山神社」という富山由来の神社があるほど。

入植のいちばん最初は「東川」ではなく、「旭川村字忠別原野」と呼ばれていたようです。この場所は、原生林の生い茂る森林地帯でした。

画像1

東川はもと旭川村字忠別原野といわれただけあって、どこまでも鬱蒼とした森林が生い茂り、熊や狐が住む広大な原野であった。
ーー『東川町開拓百年記念誌』(発行:東川町/1994年)

130年も昔に、この土地を人の手で開拓していったんですね…。なんだか途方もなさすぎて想像がつきません。

「旭川」の名前の由来は?

旭川がおおもとなのであれば、「じゃあ、旭川って何?」ということを調べてみると、これはアイヌ語が由来のようです。

少し話が逸れますが、北海道移住して知ったのですが、北海道はアイヌ語由来の地名がとても多い土地です。道の市町村名のうち、約8割がアイヌ語に由来しているそう。本州の人も聞きなれているであろう「稚内(わっかない)」とか「長万部(おしゃまんべ)」とか、発音で「アイヌ語だな」と分かりやすいものも多いですが、たとえば「札幌」だってアイヌ語由来。

由来はアイヌ語の「サッ・ポロ」(sat-poro、乾いた大きい)とする説(「かつての豊平川が乾季に極端に水量が少なくなる川だったため」、あるいは「一帯が乾燥した広大な土地だったため」)や、「サリ・ポロ・ペッ」(sari-poro-pet、その葦原が・広大な・川)であるとする説などがある。

たしかに「ぽろ」って日本語地名で聞かない発音ですよね。ほかにも有名な地名でいうと(諸説ありますが)、

小樽(おたる)=オタ・ルナ・イ=砂・とける・川
室蘭(むろらん)=モ・ルラン=小さい・坂
登別(のぼりべつ)=ヌプ・ペッ=水の色の濃い・川
知床(しれとこ)=シリ・エトク=地面の・出っ張った先端
富良野(ふらの)=フラ・ヌ・イ=臭気・持つ・もの

なのだとか。おおお、富良野もアイヌ語なのか…。知っている地名の多くは、アイヌ語の「音」をそのまま日本語に置き換えています。

こういうサイトがあるのですが、知れば知るほどおもしろい…。止まらなくなる…。

となりまちの美瑛(びえい)も調べてみたのですが、水源に硫黄山(十勝岳)があって、水が濁り脂のようだったため「脂ぎっている=ピイェ」という言葉に由来しているそう。

話をもとに戻しましょう。肝心の「旭川」というと…

「旭川」と言う自治体名は、市内を流れる忠別川をアイヌが「チュクペッ」と呼んでいると和人が聞き取り、それを「チュプペッ cup-pet :太陽 川(転じて)日が昇る川」と解釈して、1890年(明治23年)に命名されたものである。

ということだそうです。

ちなみに、旭川には上記の通り「忠別川(ちゅうべつがわ)」と呼ばれる川も存在しています。「チュクペッ」というのは、和訳されて「旭川」としても、音のまま残って「忠別」としても残っているんですね。これもとても興味深い。

それと「旭川」のように、「音」ではなく、意味を和訳している地名もあります。こちらも東川町のとなりまち「東神楽町」は、「ヘッチェウシイ」と呼ばれていたところを、その意味の「囃しつけているところ、神々の遊ぶところ」から和訳して「神楽」とつけたのだそうです(神楽町は1968年に旭川市に合併)。

東川町は「チュクペッ=忠別=旭川(日が昇る川)」という旭川の「東に位置していた」というのが、「#名前の由来」でした。

ここからは私の想像ではありますが、旭川から「日が昇る」東の方向には、アイヌの人たちが「カムイミンタラ(=神々の庭)」と呼んだ大雪山があります。そのカムイミンタラから太陽が現れる「チュプペッ=日が昇る川」という場所は、アイヌの人々にとっても重要な場所だっんじゃないかなあ、とぼんやり何百年も前のこの場所の風景に思いを馳せたり。

ちょっと、今の東川町の本質的な部分からは離れてしまいましたが、名前の由来も掘り下げるとおもしろいものですね~。それでは。

=====
出典/写真引用
『東川町開拓百年記念誌』北海道 東川町
『東川スタイルマガジン vol.0/2019 MAKERS』東川出版


この記事が参加している募集

名前の由来

いつかこのまちに来てくださいね!
17
北海道最高峰の旭岳を有する人口約8300人の町、東川町。1985年に「写真の町」宣言、2014年には「写真文化首都」を宣言ました。写真文化の中心地として、「世界中の写真、人々、そして笑顔に溢れる町づくり」に取組んでいます。道唯一の、地下水を生活水として利用する町でもあります。

こちらでもピックアップされています

まちの基礎知識
まちの基礎知識
  • 3本

東川町がどういうまちか?を書いたマガジンです。

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。